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2006年8月22日

Move it!

最後の更新から季節が180度回って夏の盛り、近況報告欄がいまだに「あけましておめでとう」って、これほど哀れでおかしみに欠けるホームページはないからなあ、ホームページ、リニューアルしました。

リニューアルというのは、つまり心機一転、やりなおしです。
人生とかそんな大げさなこととは違って、たかがホームページ、何度でもやり直せるのがいいところ。
でもせめて自分のライフワークとしてのドメインは守っていこう、そう決めた。

今まで何度かホームページを作ってきたけど、それでもホームページを作るのに飽きないのは、それが結ぶ作業だからだ。
でも何かを作ろうと思うとすぐに枯渇するのは、それはおれの受容体がまだまだ未熟で引き出しがなく、創造に生かせないから…って30過ぎて未熟は通らなかったか(笑)。

ピクサー映画「カーズ」見ました。

命の大切さなんてそらぞらしいことよりもっと単純な熱がそこにある気がして、受容体がちょっとふるえた映画だったな。

2006年8月16日

リニューアル中その2

ただいまリニューアル中。
投稿テスト2回目…!

2006年8月13日

リニューアル中

リニューアルテスト中です。
お盆中に完了するつもりだったけど、できそうにないな…。

2005年2月 2日

メルマガ夜想曲

去年の11月末からメルマガ「雜學備忘録」を発行しているけれど、イヤァ、週に1回だけの発行でもかなりの「発行している感」があるモノだナァ。

創刊前の構想としては、知識と文章とを自由自在に駆使しつつ「エイエイエイ」書き殴るやり方で発行は毎日、それでいて内容は盛り沢山で面白いという、全国の雑学ファン垂涎(すいぜん)のメルマガを鳴り物入りで創刊するつもりだったんだけれど、直前におれの内なる怠惰性自信抑制因子が突如活性化したことにより「まずは無理なく週イチ発行」との、結果としてまことにもって大英断と言わざるを得ない決断を下して現在に至っているというワケなのであった。

しかしそうはいってもやってみれば週イチとはいえこれもなかなかのホネ仕事、刊を重ねるにつれ「ウーム、楽しいけれどこれぞまさに自縄自縛」の思いを強くしながら、雑学知識は自給自足、自作自演といかないことへのもどかしさもまた同時に強く感じつつ、書きながらいつしか、ちょうど高校生が初めてのラブレターを何度も読み返しては推敲に推敲、想いをどう伝えるべきか自問自答するがごとき心待ちに至る頃よりおれ自身の高校生体験もそれに同調する形で側頭葉にフラッシュバック、「そういえばヒサエは今どこで何を」などといらぬこと頭よぎって肝腎の筆は一向に進まず、時折喉の仏さんのシュワシュワ鳴るを訝ってふと我に帰ればいつからか左手に握りしめたる発泡酒の缶の既に今にも空にならんとするをみとめてその自業自得ぶりに苦笑い、ここに「まだ日はある」と続きを翌日に持ち越すことを決めたが最後、自重自戒を知らぬ「今日の日はサヨウナラ発泡酒改めてコンニチハ的θ波時間」スタートと相なるワケなのであった。

ウーム、しかしながら今回のメルマガ事始、新たな趣味を持ちえたという意味では、これはおれの中での特筆すべきイベントのひとつであったのは紛れもない事実なのであって、たとい、これから先いくつかの段階でこのメルマガがさながら路傍の石に石ころ帽子をかぶせたがごとき注目度のなかにあったとしても、積み上げればその石もこれから先、雑学という険しい山道を登る先達(せんだつ)の置き土産としての、後に続く数多くの登山者たちの道しるべ、ケルンの一石となるを信じて疑わないのもまた事実、自分自身が楽しむことをまず忘れずこれからも休まず精進、自暴自棄になることなく発行し続けるべしとの思いを新たにするものなのであった。

ウーム、以上今回よく書いたナァ。自画自賛。

2005年1月28日

一年の計

イヤァ、明けて2005年。
...と思っていたらもうすぐ2月になっちゃうのだナァ。

年が明けてすぐのときは
「ようこそ2005年、しゃかりきコロンブス」
などとワケもなく心浮き立つと同時に、年が明けたというただそれだけのことでそれまでの失敗や後悔が全てリセットされた気になるという現代版新人類特有の危険な心持ちになりつつ、爆笑ヒットパレードにいつもより多めにウケてはのん気にゲラゲラ笑っていたモノだけれど、そんな春の夜の夢がいつまでも続くコトあろうハズがないのはおのずと明白、気づけばすでに1月も終わろうとしている今に至ってようやく、
「やはり時間の経つのは早い」
などといまさらのように無意味に呟いてはその後
「光陰矢のごとし」
と、同じことをちょっと難しい表現に言い換えてまた呟くという、これまた無意味かつ底の浅い思考のラビリンスに陥って、以後それ以上何も考えられずに心持ちはにわかに星屑ロンリネスの様相を呈してくる始末。

今年の目標としては一応、体を去年の3倍は動かすというスローガンのもと、やや本腰を入れて体をワークアウト、シェイプアップおよびビルドアップするというのを個人的に設定していたつもりが、その計画は早くもドロップアウトおよびギブアップへと動詞が置換されつつあってニントモカントモ。

ウーム、ウマイ方法ないモノか。

2004年11月10日

ビバ充実食生活

ここ数日、久しぶりに食生活が結構充実しているんだけれど、イヤァ、嬉しいコトだナァ。
先月の東京滞在中は如何せん宿泊していた寮には調理器具はヤカンしかなくて、食事といえば毎日「緑のたぬき」か「まるごとソーセージ」という生活を強いられていたものだから(まあ「緑のたぬき」と「まるごとソーセージ」は俺の選択だけど)、家できちんとしたご飯を食べられるというのはこれはすこぶる幸せなコトだと今さらながらしみじみ思っているワケなのであった。

事実、栄養の足りない生活をしていると体の抵抗力は弱ってしまうからそれによって知らずしらずのうちに名も知らぬ遠き島より流れ寄る何かしらのバイ菌に日和見感染してしまうということは十分に考えられるコトなのだけれど、俺の場合もまた先述の東京滞在後半には何やら鼻の下に痛がゆいブツブツができてきて、と思ったらそれから3日もしないうちにそれはちょうど牡牛座のプレアデス星団(和名すばる)の形にその数を増やしつつ急速に発達、それには「これ以上ほうっておけばこれは8世紀のイスラム帝国のごとくその勢力を拡大して最終的にはひとつの小宇宙(コスモ)を形成するまでに成長してしまうのではなかろうか」という脅威を感じるほどになったモノだから、やたらと不安になってしまって風呂に入るたびに何度も顔を洗ったりしていたのを思い出すのである。
ウーム、絶対に何かの日和見感染だったと思うのである。

それに比べて今の食生活の充実度よ。
しかも特にここ最近はそれにプラスアルファとして夜寝る前に天下一品ラーメン(お持ち帰り用)を作って食べるという過剰摂取ぶり。

思えば今年の初夏の一時期にはほぼ毎日のように天下一品ラーメン(お持ち帰り用)を買ってきては夜にビール(もとい発泡酒)飲んだ後寝る前にそれを作って多めのネギと半熟卵をのせてズルズルやるという、極めて正しくも健全な中高年の国分町の夜を自宅にて疑似体験しつつ、同時に自らの体もまた、これは疑似ではなく現実として中高年化の道をまっしぐらに進んでいたのだけれど、その進捗状況も半ばにしてハタと思い直して「禁『寝る前の天一』」を決意したいきさつがあるにもかかわらず、それを彷彿とさせる動きがまた起こり始めてるのであった。

ウーム、充実し過ぎるのも問題か。

2004年11月 6日

ラジコン飛行機

今日トイザらスでラジコン飛行機を買ってきたんだけれど、イヤァ、最近はラジコンも安いものがたくさんでているのだナァ。
一度友人に買うことをほのめかしたら「ラジコン飛行機は7万円する」という、今にして思えばどこからそんな数字が出てきたのかわからない返事がかえってきて、でもそれにはやっぱりさすがにちょっとばかり臆して二の足を踏んだモノだけれど、なんの俺の買ったのはトイザらス価格5,999円。
スネ夫のいとこでなくても買える値段なんですネ。

そもそもラジコン飛行機に興味を持ったのは先月の東京滞在中、一度京葉線の市川塩浜という荒涼とした駅に降りたとき。
その脇に寂寞として存在するデイリーストアで買った500mlパックの牛乳の味のうすさに少々憮然としながら最後の一口を飲み干そうと見上げた空にブーンブーンと優雅な白いラジコン飛行機を見たときには、空の青、海のあをにも染まずただようその姿に思わず見とれると同時に、焼酎よかいちのCM(10年前)の榊莫山先生さながら「これや!!」と叫びつつ「そういえば前から欲しいと思ってたんだ」などと20年以上いや生まれてこのかた一度も本気で思ったことのない気持ちを遡及的に構築しつつ「仙台に帰ったら絶対に買うべ」の思いを強くして、それからずっとこの週末を楽しみにしていたのであった。

というワケで今日買ったその足でさっそく七北田公園に行って飛ばしてみたんだけれど、その飛行機はまだ上手くないからか10秒くらいしか飛ばずに墜落してしまうけれども、確かな「飛ばしてる感」を感じる内容。
ますますハマリそうな気配をしっかと感じたワケなのであった。

ただウーム、シーズンオフの直前ってのが難点なんだよナァ。

2004年10月22日

東京江戸川苦労話

今月18日から末までの予定で東京に来ているんだけれど、イヤァ、今回の滞在、これほどまでに退屈だとは思わなかったナァ。夜が退屈なのである。

寝泊まりは江戸川区にある宿泊施設(寮)でしていて、俺(405号室)のいる4階は俺の他にも現在9人が利用しているんだけれど、この生活の中での目下一番の問題は、耳の奥で確かに聞こえる「テレビもねラズオもね」のあのソング。
そう、ここは圧倒的に設備がナッテナイのである。

まあ新聞は自分で買って読んでいるしテレビも厳密に言えば共同のがひとつ1階にあることはあるから、完全にメディアからの面会謝絶絶対安静を強いられているというワケではないんだけれど、でもやっぱり最新の情報がすぐには手に入らないばかりか外からの音の刺激のない状況が続くというのはまして知らない土地においては思った以上に息苦しい感じがするうえ、ここでできることといったら本を読むことと酒を飲むこと、あとは風呂に入ることと寝ることくらいという現実を実際に肌で幾度となく感じるにつけさすがに精神的にかなりマイッタ感が蓄積されてきているのであった。

しかもさらに悪いコトに、それなら本でも読もうじゃないかと持参した宮部みゆきを開いてみればその内容はやれ凶悪殺人事件だのやれ失踪した女子高生だのとこの気分ではイマイチのめり込めそうにない展開。それじゃあヨシヨシ酒でも飲むかと焼酎ちびちび始めれば多少酔いが回って気分も少しは変わるけれど「一人きき酒大会」みたいになってもつまらない。何人かで話しながら飲むこともあるけれどそれもいつもあることじゃない。じゃあしかたないもう寝るかと布団に入っても目が冴えて眠くもないのにテンテンハンソクしながらただ時間の経つのを待つのも好ましくない。そんなわけで結局は俺にとっては異例ともいえるもう1つの選択肢を選ぶコトが多くなってしまって、風呂嫌いの俺が入浴1日3回、心はかなりの不健康しかしその体の表面だけは甚だ清潔という、人間としてまことにアンバランスな状態をキープしながら「こんなのイヤだイヤだ」と子供の頃にさえ発したことのないセリフを復唱しつつ「なーにが『東京酔いトコ』だ」などと数ヶ月前の自分の日記のノーテンキぶりにまで非難の矛先を向ける夜を数えているワケなのであった。

ウーム、なにかこの状況を打開する妙案はないものか、と思ったらおお、携帯でこうやってカチャカチャ文を書いてるのは結構いいナァ。
いいことを思いついた。

2004年9月24日

プランターデビュー

一念発起して俺もプランターデビュー、万能葉ネギを育て始めたんだけれど、イヤァ、やっぱり自分でタネを植えた植物というのはかわいいモノだナァ。

植物は前にも「幸福の木」というのをずっと何年も育てていたことがあって、そのときはその「幸福の木」は2年ごとにひと回り大きな植木鉢を欲するペースですくすく育ち、数回の植え替えを経た数年後にはもうベリーロールでは飛び越えられないほどの高さといつ元服してもおかしくないほどの広がりを誇るまでに成長、さすがにここまでくると「もっと大きな植木鉢ありませんか」という俺の問いに対する店員の答えは「あそこのコーナーになければないですねー」の一点張り、そのそっけない返答には右側頭部を週刊少年マガジンで強く殴られたかのような鈍い痛みを覚えると同時に「ないですねーないですねーないですねー」と脳内にリバーブがかかる感覚味わうことも幾度となく経験、結局「仮にも植物を育てる以上これは避けられないコトなのだ」と諦観するとともに「いやしかしそれにしても俺もよくここまでひとつの植物を育て上げたものだ」「自分で自分をほめたい」との感慨もまたしきりに、その「幸福の木」は俺にさらなるボタニカル事業拡大を推進させんばかりのやる気と勇気と、文字通り「幸福」をもたらしてくれていたんだけれど、ひとつの契機としてその後の居住環境の極端な悪化により程なくそれを荼毘に付す結果となってしまったコトは今にして思えば俺の植物栽培への意欲を失わせた原因の何%かを担っていると考えられないこともないのであった。

しかしそんな俺の考えもここ数ヶ月の間ハーブをはじめいろんな種類の植物を間近に感じるようになってからというものその成長ぶりを何度か目にするにつけしだいに軟化、最終的にそれら植物がしたたかなかわいらしさでもって俺の内なる母性の表象であるところの両の乳房(にゅうぼう)に「自分でもなにか育ててみたら」と強く訴えかけるのをしかと感じとった先日、ついつい根負けした形で「よし俺も育ててみよう」と思い立ち「ただし甘やかしはしないから覚悟しておけ」との思いも同時に抱きながら節分の要領でしかし一粒たりとも無駄にしない気弱さで万能ネギのタネをプランターにパラリふり蒔いたのであった。

何日か経過した今日、先ほど見たらすでに芽が出始めている様子。見た瞬間には思わずやったと叫びそうになってしまった。

ウーム、三十路に入って俺も急にまるくなったかナァ。
イカンイカン。

2004年9月18日

運転免許証更新

3年ぶりに運転免許の更新に行ったんだけれど、イヤァ、この3年の間にも運転免許制度はめまぐるしい変化を遂げていたのだナァ。
飲酒運転の罰金が高くなったとか、高速での2輪車の2人乗りが解禁になるとかいうことは前から知っていたけれど、今回の免許センターでの講習で(おそらく新聞の片隅には書いてあったコトなのだろうけれど)気づかないでいた意外な改正があったりしてちょっと驚いてしまいましたヨ。

例えば...ウーム、驚いたわりにいい例はちょっと失念してしまったけれど要するに普段なかなか気づかない細かいところで、運転免許制度というのは一日一歩三日で三歩汗かきベソかきそれでもその歩みを止めるコトなく汗も拭うコトなくそれでいて道路交通法という枠組みから決してハズれることなく独りただ市民の安全のためにのみ原形質流動を続けているというのはどうも確からしいのであった。

2、3覚えているなかで一番印象深かったのは免許の有効期限が伸びていたということで、前回までは「誕生日まで」有効だったのに今回は「10月19日まで」と1ヶ月間延長されていたというコト。

そして通常3年だった有効期間がいつのまにか「通常5年」になっていたというコト。

俺はいままで免許は3年ごとに更新してきていたけれど優良運転者は5年ごとに更新というコトはもちろん知っていたから、更新連絡書が届いたときに「更新後の有効期間は5年」と書いてあったのを見たときには「そうかそうかとうとうゴールド免許か俺もまたひとつ大人の階段を登ったナァ」とほくそえんでいたんだけれど最後の最後、免許証を受け取ってみたらなんとそこに見えるは、

平成21年10月19日まで有効

の寒々とした文字のbackground-color。

これを見たときには一瞬言葉を失った後さすがに大いに目を見開き動揺し汗は噴出手足は痙攣、ガックリ肩を落とすと同時に「俺は20代最後の狼狽をこんな所こんな状況でしてしまうのか」「そしてああ、俺は免許証同様ブルーな心持ちを5年間財布にしのばせたままこれからもサンモール一番町商店街を歩くことになるのだ」と思うにつけ心はますます凄然と冷ややかに、これにはただただ鼻をつまんで目をつぶるより仕方がなかったのであった。

ウーム、そうそうそういえばよく確認してみれば、ちょっと急いでいた4年前の7月15日、信号赤になったその直後に交差点に入った俺を見逃さなかった白バイが、これ以上ないというくらい磐石な速度で俺を捕らえて西村雅彦の顔で情け容赦なくキップをきって立ち去っていったのを思い出すのである。
まあ俺としてはそのときほど体内にエンジェルダストを投与して欲しいと願ったコトもなかったのだけれど、それも叶わぬ夢。

次のゴールド免許の機会は35歳まで待たざるを得なくなってしまったのであった。クヤシイ。

2004年7月22日

東京「酔い」トコ

東京に3日間ほど行ってきたんだけれど、イヤァ、今回の東京は想像以上にアツイところであったナァ。

1年半くらい前に行ったときも東京はすごく楽しかった思い出があるんだけれど、今回は季節が逆ということもあってかそのときとはまた違った、いろんな楽しさを集めて丸めてしぼって濃縮して乾燥させたあとビールでもどしてグビグビやったような充実度で、本来の目的である友人の結婚披露宴というヒジョウにオメデタイ宴もこれまたヒジョウにオメデタク、すこぶる満足のいく旅行をすることができたのであった。

俺の場合「満足」という「集合」は「飲酒」という、より大きな「集合」に常に含まれるから今回の旅行ももちろん「飲酒」をベースに話が進んでいったワケなのだけれど今回はいつもよりそのベースの色がやや濃いめ、というのも先述の披露宴が昼間(午前11時半)からあったからで、昼間から披露宴があるというコトは、それはすなわち昼間からお酒を飲んでよいという免罪符を手に入れたコトを意味し、昼間からお酒を飲むというコトはそれはすなわちそのまま夜寝るまで延々と飲み続けるというコトを指すのであるから、おまけに旅行に来ているという俺の天真爛漫な心持ちのなかで飲酒の足カセとなる特段の事情存在しない今、むしろお酒を飲まないことの方がよっぽど不自然であるということからも、午前1時過ぎるまで腱鞘炎をも誘発されかねないピッチでコップを持った右腕の反復運動ただひたすらに、もしも全く同じコトをお酒嫌いの人がしたとすれば不意に「俺は一体何の罪に対する罰としてこれほどまでに責めさいなまれなければならないのだろう」と、はらはら男泣きに涕涙の睫毛にかかるを禁じ得べからざる状況そこに創出されること無理もない環境のなかで、夜の帳がおりてアルコール分解の仕事が日勤から夜勤に引き継がれ、なまじ北半球ゆえ俺の頭にもコリオリの力により反時計回りに酔いがまわってフラリフラリと足元おぼつかず時折ゼブラのストライプが視界を駆けぬけるという段に至ってもなお戦いを止めない満身創痍の男の姿をいかんなく発揮し示すコトはまことにもって正しくも熱くたっとい行動であったと胸をはれるのであった。

というワケで、飲みながら具体的に何をしたのか逐一説明することはこの際省くのだけれど、楽しかったというコトはこれはもう間違いのない事実なので、是非近いうちできれば年内にもまた遊びに行きたいナァと思っているのであった。


ああ重要なことを一つだけ、今回はそんななか新しく一人の女性とも出会うコトができたのであった。
初対面とは思えない楽しい時間を数人で共に過ごした彼女は写真で見たのと同様、なかなかの麗人であった。

2004年7月 6日

引越し

イヤァ、引越しをしたんですネ。仙台に来てトータル6軒目、そのうち太白区は2軒、青葉区は今回で4軒目という内容なんですネ。

同じ市内を11年で6軒というのはおそらく比較的多いほうだと思うけれど、俺にとって引越しというイベントは中毒性突発的脳内びまん性そぞろ転居欲求抑制障害の一症状としてだいたい2、3年の周期で現れる、自覚的意識的(若干譫妄的)に把握しつつも一度発症したら不可逆的にじわじわと進行する離脱症状の一つ。しかしそうはいってもさすがに6軒は多すぎるから「もしや一連の引越しを繰り返す俺の体には古よりこの地にはびこる狐狸の類でもとり憑いているのではあるまいか」と、やにわに仙台地図広げその6軒に印をつけて線結んでは陰陽道につながる何らかの意味を探ってみたりもしてみたけれど(←ウソ)、案の定その6つの点が正確な六芒星を描いていたなどというオカルト的現象あるハズもなく、やはりこれは単に俺自身の問題で、まあこの症状は不可逆的なのだから何らかの努力によって発症自体を何らかの形で遅らせるかもし発症してしまったらしまったでその進行を何らかの形で抑える何らかの策を講ずるより他ないだろうなどと、アタリマエのようなよくワカラナイ理屈を一人コネ続けるも世間一般の関心を得るには遠く、今回また一つの部屋が晴れて空き部屋となったのであった。

ウーム、引っ越しというのはただ住民票記載の内容が変わるのみにあらず生活環境が変わるのみにあらず、過去から現在そして未来へと自らの存在をつなげる、それはいわば「結びの作業」。部屋の隅に追いやられて閉じこもっていた思い出にやわらかな風を通し、冷えて固まっていた感情をやさしく融解させる、それが俺にとっての「引越し」の一つの重要な意味であるのだ。(←引越しを繰り返す自分を正当化しようとしてる。)

荷造りの途中、思いもよらぬところから出てくる写真や品の数々。それら一つ一つを手にとって瞳を閉じれば、思い浮かぶは忘れかけていたたくさんの素晴らしきものたち。明るい太陽の下、可笑しそうに笑う顔、顔、顔。いつも仲良く遊んでくれた友達。おいしいお料理を作ってくださった給食のおばさん。いつも優しい笑顔で接してくださった用務員のおじさん。

ありがとう!僕は今、(一斉に)旅立ちます!!

2004年6月24日

北海道旅行

朝(あした)に苫小牧に遊び、暮には斜里町
袖裏(しゅうり)の青蛇、胆気粗なり
三たび札幌に入れども、人識らず
朗吟して、飛過す屈斜路湖

イヤァ、ご存知の方はご存知の通り先日北海道に行ってきたんですネ。
とても楽しかったんですネ。

特に3日間ほど滞在した道東は、目に映るもの体に感じるものそれらすべてがまさに一級品、人ヨシ酒ヨシ料理ヨシさらにもひとつ景色ヨシ、ラーメンマンをも凌駕するその「打穴四点崩し」には俺もあえなくKO負け、遠のく意識朦朧とそれでも感動依然としてやまず、それら素晴らしきモノたちを記録する手段であるところのカメラはやはりなにをおいても絶対に必要だナァとの気持ちを新たにしながら、同時にもしもどこかで何かの拍子にカメラを携行していない北海道への旅行者をみとめるようなことがあれば、突如として家なき子的安達祐実化しつつ「道東行くならカメラ買え!道東行くならカメラ買え!」と泣く子と地頭も思わず黙る大声で辺りかまわず喚きちらす急性とんちんかんちんハタ迷惑おせっかい症候群患者がそこに現れること間違いないナァとも思ったのであった。

本来の目的であった妹夫婦の晴れ姿も誠にもって非のつけどころがなく、旦那はこれまたビシッとキマッテいて、妹は美人で(ウーム、自分の妹を美人というのはこれはまたどうしようもなく気恥ずかしいコトであるナァ)料理もウマく、いや大変嬉しい旅行だったのであった。

仙台に帰ってきてまだ2日。
ウーム、早くも「そぞろ神の物につきて、道祖神の招きにあひて」ではちょっち(←死語)マズイか。

2004年6月15日

梅雨

イヤァ、とっくに梅雨にはいっているというのにいっこうに雨が降らないというのは、実にいいコトだと思うナァ。
少なくとも俺にとっては大歓迎の天気が続いているんですネ。

例年であれば梅雨という言葉を聞くだけで、俺の顔は急激にしかまり(*)眉は急速にひそまり(*)ついでに性格も大いにねじ曲がりつつ、近い将来確実に俺の体に容赦なくまとわりつくであろう不快な水滴を想像すると同時に、さらにそういえば俺の傘壊れていたのだったと細かいことを逐一取り上げては「なぜ俺だけがこんな目に」などと明らかに誤った卑屈な視点でひとり世迷い言、ありとあらゆる自分に不都合な要素に対する弾劾を試みたりしていたものだけれど、なんの今年に限っては話は別。
いまのところこれといって梅雨らしい雨は全く降る様子はなく、いやむしろかなり暑いくらいの快晴つづきで、耳をすませばセミの声こそまだ聞こえてこないもののその気温と湿度の奏でる旋律は紛れもなく正しい日本の夏、金鳥の夏のそれ。にわかに昭和にタイムスリップしたまぶたの奥に映るは「さよなら夏の日」にのせてたなびくあの娘の白いワンピース、チェシャ猫のようにニヤニヤしつつふと我に返り3時の方角に視線をうつせば山の稜線あたりから積乱雲のモクモクとこれまたたいそう見事なフォルム。イヤァやっぱり夏はいいナァと、再びまぶたのその奥の軽佻浮薄な夢にしばし埋没するという状況が往々にして形成されやすくなっている昨今なのであった。

イヤァ、このままほんとに本格的な夏が到来しないかナァと思う昨今なのであった。

(*)おかしな単語ですが、意味はわかりますネ。

2004年6月 6日

禁煙3年

イヤァ、いつのまにかタバコをやめてから丸3年が経っていたのだナァ。

やめることを決意したときには、こんなにEveryday Everynight俺を勇気づけ癒やしてくれたタバコを果たして本当にやめられるのかと心配もしたけれど、なんのそこは禁煙本も手伝って、奇しくも世界禁煙デーの5月31日を最後に以後、吸うという行為自体はネオシーダーなるタバコ状のど薬で、体内の残存ニコチン量は近くの喫煙所での「積極的受動喫煙」によって確保するという、今にして思えば不可解であわれな新種の生き物に変態しつつ幾ばくかの期間を経て、はれて禁煙達成の手応えを得るに至ったのであった。

そもそもタバコはハタチ前後の何かの飲み会での酔った上での興味本位が最初で、それからというもの飲み会があればちょくちょく買って吸うようになっていたけれど、そのくせ当時は喫煙の常習化を恐れていたモノだから(それなら吸わなきゃいいのに)「吸うのは飲んでいる時だけ」という喫煙スタイルを自らの内に構築しては、喫煙と健康を両立させた正しい愛煙家を地でいっているつもりでいたんだけれど、やはり案の定、その意味不明なスタイルに哲学はなく、ほどなく毎朝バイクの暖気中に紫煙をくゆらすのを覚えてからというもの、あとはもう坂を転がる石のように、朝起きては吸い、ご飯食べては吸い、うんちしては吸い、夜寝る前にもまた吸いと、のべつスッパスッパと洋モクふかし、ふと外見やれば街並みは春にして草木深し、という生活に甘んじる結果をみたのであった。

実質喫煙期間およそ4年、1日平均20本、ブリンクマン指数80、支払い総額およそ40万円。

例えばいまここで「3年目のタバコぐらい...」といってしまえばおそらくその数字、さらに10年以上は増え続けてしまいそうな気もする。
しかしそう思えるという意味では、タバコを吸うこととやめることによって俺は確かに人生という名のきざはしを登ったといえるのかも知れないナァとも思うのであった。

それにしてもウーム、丸3年吸っていないことによるタバコ代、約30万円多いはずのお金は一体どこに消えたのだろうナァ。

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ちゃらおプロフィール

  • 【生年月日】S49年9月19日
  • 【住所】宮城県仙台市
  • 【出身】北海道函館市
  • 【SNS】mixi,twitter,FB

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